2015年06月21日

「残された者たち」読みました。

読み終えて、「え・・なんで?」って思う。そして何とも表現しがたい何色ともわからない渦がもやもやと広がってくる。そのもやもやの広がりに抵抗したくて、何かを掴みたい思いで後戻りしページをめくる。

外の世界と遮断されてしまったかのような小さな小さな集落で、そこに居るのは村最後の生き残りとも言える校長先生、村でただ一人の子ども かおる、肌の色が違う兄 純、兄妹の父であるトビタカ先生、そしてかおるを教えている杏奈先生。

みんな血が繋がっていないし年代もバラバラで、肌の色さえ違っていたりするのだけれど、それぞれ心に何か暗いものを抱えていて、それ故に善良で優しく明るい。

かおるが連れてきたガイコツジンのお友だちエトーくんだってそうだ。
カタコトの日本語しか話せず、意思疎通が完全ではないと本人にもわかっているのだ。だけど彼の疑問形になってしまうカタコトの日本語は大人をあたたかく包み込む。

ハッキリさせないことで、相手を優しく包み込み癒している。同時にそれは、得体のしれない何かへの不安を増長させることにもなる。
それが大人には理解できることでも、子どもには説明がつかない。
時におばあちゃんになり、時に宇宙船になり、説明のつかないそれは形を変える。

子どもには大人が思っている以上に世界が見えていて、しかし彼らにとって説明のつかないそれは、時に深刻な事態を引き起こすことになるのだ。

小さく静かなこの集落で子どもたちの存在はどれほどの光を放っていただろうか。
一人二人と村の友たちを見送ってきたであろう校長先生の混乱と恐怖は想像して余りある。杏奈にしても、純にしても、トビタカ先生にしても、かおるの存在そのものが希望のようなものだったに違いない。
彼らの健やかな成長がただひとつの楽しみとも思えるほど、この集落は生の息吹から遠いところにあった。
子どもたちの素直で無垢な様子が鮮やかな光を放ち、読者を含めた大人たちの不安により濃い影を落とす。

1回読んだだけではハッキリとさせない結末の喪失感は大きい。けれども、ただそれだけではない。
2回読めば残された者たちには強い祈りと希望が残留する。
3回読めばそれが明るい未来に続いているようにも思えてくるのだ。

優しさも後悔も祈りも飲み込んで同化していく、まるで宇宙の銀河ように糢糊とした光と闇の間を行き来しながら。
posted by USA at 15:03| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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